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新潟家庭裁判所新発田支部 昭和40年(家)2576号 審判 1966年4月18日

申立人 広田三郎(仮名)

被相続人 宮原新吉(仮名)

相続人 上野キヨコ(仮名)

主文

申立人の本件申立を却下する。

理由

一、申立人の本件申立の要旨

被相続人は昭和三九年一一月二一日死亡し、相続人がその財産を相続したところ、申立人は被相続人に対し昭和三〇年一月二〇日貸付、弁済期昭和三九年一二月一〇日とする貸付元本金一一万二、〇〇〇円利息日歩三銭の貸金債権、被相続人の債務金四万〇、〇〇〇円の立替弁済による求償債権、被相続人の葬儀費用立替金五万三、〇一四円の債権を有するので、被相続人の財産を相続人の固有財産から分離しなければ不測の損害を蒙る虞れがあるから、相続財産の分離を請求する。

二、当裁判所の判断

金銭債権は債務者の信用と全財産によつて担保せられるものであるが、相続の開始によつて相続財産は相続人の固有財産とともに相続人に帰する結果、相続人の固有財産が債務超過である場合には相続債権の弁済を満足に受けられない虞れがあつて相続債権者または受遺者に不利益となるので、相続財産を引当としていたはずの相続債権者等を保護するため、相続債権者等に財産分離請求権を認め、相続財産と相続人の固有財産とを分離させ、その相続財産については相続人の固有債権者に優先して相続債権の弁済を受けることができるものとするが、その分離後における相続財産の清算手続においては、相続人の固有債権者が平等の立場において配当を受けることのできないのは勿論、所定の期間内に配当加入の申出をしなかつた相続債権者等も除斥され、他面、相続人は弁済期に至らない債権、条件付債権または存続期間の不確定な債権をも弁済しなければならず、相続財産の換価が必要なときにも任意売却を認められず、競売によるか鑑定人の評価額を弁済に供するかしなければならないなど諸種の制約を受けることとなる。かように財産分離によつて、他の備権者や相続人に及ぼす影響が大であるから、相続人に固有の負債がなく若しくは負債が小で資産が相当大であるとか、相続財産が相当大であるのに対し相続債権および相続人固有の債務の合計額が極めて小であるなど、相続財産、相続債権、相続人固有の資産、債務等の相関関係を勘案し相続人の固有債務のため相続債権の弁済に影響を与える虞れのない場合、即ち財産分離をしても、これをしなくても相続債権の弁済につき何等影響を与える虞れのない場合にまでも相続債権者の恣意によつて財産分離をなすことは許されないものと解するを相当と考える。ところで、静岡家庭裁判所家庭裁判所調査官の調査報告書によると、相続人は夫および子女二名と生活する家庭の主婦で、夫とともにそれぞれ他に勤務して相当の収入を得、これによつて生計を樹て、取りたてていう程の資産もないが、負債もなく、健全な家庭生活を営んでいることを認められ、申立人がその主張のような相続債権を有するとしても、相続人固有の債務のため申立人の債権の弁済を危くする虞れがあるとは考えられない。従つて、申立人は自己の債権の満足を得るためには通常の権利行使の方法を講ずれば足り、相続人および他の債権者に種々の影響を及ぼす財産分離の挙に出る要はないものと思料されるので、申立人の本件申立はその理由がないものと認め、主文のように審判する。

(家事審判官 小笠原肇)

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